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宮城信雄会長の挨拶

更新日時:2017年11月24日

宮城信雄会長 一般社団法人全国医師国民健康保険組合連合会(全医連)は、平成29年10月20日、奈良県奈良市に於いて第55回全体協議会を開催しました。
 私は、同日行われました代表者会ならびに第9回理事会において、全医連会長に選任戴きました沖縄県医師国民健康保険組合理事長の宮城信雄と申します。全医連前会長の妹尾叔郎先生のご遺志を引き継ぎ、全医連発展のために、全力を挙げて取り組んで参りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
 皆様ご承知のとおり、今、医師国保組合は大きな岐路に立たされております。その最大の原因は、平成28年度から始まった定率国庫補助金の補助率の削減です。そのうえ、最近、急激に増えてきた高額医薬品も、その動きに拍車をかけています。
 こうした状況は、医師国保組合の経営基盤を揺るがし、存立危機を招きかねません。その結果、平成32年度の国庫補助率13%の段階まで、組合経営を維持できるのかという意見も出始めました。
 今こそ、全ての医師国保組合が結束してこの危機を乗り越えていかなければならないと考えております。将来の在り方については組織統合を含む様々な選択肢が考えられますが、すべての都道府県医師国保組合の英知を結集して、この難局に立ち向かっていく所存です。
 皆様方の一層のご支援・ご協力の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

一般社団法人 全国医師国民健康保険組合連合会
会長 宮城 信雄

全医連の沿革と今

 全国医師国民健康保険組合連合会(全医連)は、平成27年8月3日、法人格を持たない団体から、一般社団法人として認可されました。
 全医連の歴史を語る前に、まずは医師国民健康保険組合(医師国保組合)の設立経緯について述べることにします。
 医師国保組合は、「一般の市町村民とは全く異なった就業条件と生活条件の下におかれている医師と、その世帯員の福祉と健康を守るために医療保険組合が必要」との認識により、戦後まもなく企図されました。そして、昭和32年~34年、日本医師会のバックアップの下、各都道府県医師会が母体となり、「医師特別国民健康保険組合」の設立が推進され、都道府県の認可を受けています。
 昭和33年の新国民健康保険法の公布により、「特別」の文字がはずれ「医師国民健康保険組合」となりました。当時、米国の統治下にあった沖縄県を除き(沖縄県医師国保組合は、沖縄県の施政権が返還された昭和49年に設立)、各都道府県に医師国保組合が設立され、同時に横の交流も始まることになります。
 昭和38年10月、滋賀県で開催されました全国医師国民健康保険組合打合会におきまして、全国医師国民健康保険組合連絡協議会(略称「全医協」)が発足し、第1回の協議会を開いております。
 昭和62年には、群馬県の家崎智氏や東京都の福井光壽氏らの手により、全医協の規約が作成されました。
 平成9年、愛媛県で開催しました全医協の会議で、規約の改正が行われ、会の名称を全国医師国民健康保険組合連合会(略称「全医連」)に改め、執行機関として理事会を設置することなどが決まります。連合会の初代会長には家崎智氏、副会長には石川県の兼松謙三氏が就任しました。
 その後、長い年月、全医連の事務局機能は東京都医師国保組合に受け持っていただいておりましたが、平成25年、ようやく独自に事務所を開設し、正式に一般社団法人化の検討が始まったのです。
 現在、全医連が抱える問題と今後の進むべき方向性ですが、最大の懸念は、平成27年5月に成立した「医療保険制度改革法案」における国保法改正により、医師国保組合に対する国庫補助率が、平成28年度から5年間に亘り逓減されていくことから生じる諸問題です。現在でも赤字を抱える組合が存在することから、組合の経営基盤をいかに強化するかなど、長期的視点に立った解決策を考えていかなければなりません。
 もう一つは、組織強化をどう進めていくかです。組合員の高齢化に伴い先細りが心配されています。新たに組合員を迎え入れる課題は、医師国保組合だけではなく国保組合全体の抱える共通事項でもありますが、大いに知恵を出し合うことが必要だと考えています。
 少子高齢社会のなか、経済成長を期待することが難しい今日、社会保障とりわけ医療を取り巻く状況は今後益々厳しくなると思われます。全医連も三十数万組合員の総力を挙げて、この難局に立ち向かっていきますので、皆様のご支援・ご協力をどうぞよろしくお願い申し上げます。

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